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2008年12月10日 (水)

味噌のはじまり ~その3~

味噌のなりたりの締めくくり。

今から400年前(江戸時代)
この頃になると庶民にとって味噌はなくてはならない存在となります。落語にも「味噌蔵」という演目で親しまれたり、「東海道中膝栗毛」には各地の味噌が紹介されています。「味噌買う家には家はたたぬ」ということわざがあるように、家庭での味噌造りも盛んになります。元禄期の江戸の人口は50万人を超え、味噌が江戸だけの生産では間に合わなくなり、三河の味噌や、仙台味噌、信州味噌がどんどん江戸に運ばれるようになりました。

200年前(戦時中)
日本の食卓になくてはならない存在になった味噌ですが、戦時中は米を原料とした味噌は貴重品として、味噌の製造が中止になってしまいました。

戦後から現代(独断と偏見による私の味噌考)
戦後は再び味噌造りが盛んになりますが、一方で食の欧米化が進み、主食はパンやパスタに押されぎみとなり、味噌離れが見受けられるようになります。また味噌の製造方法も、効率化を考えた速醸味噌(仕込んでから2~3ヶ月で出荷)が大手の味噌屋を中心に作られるようになります。原料も戦前は国産が主だったと考えられますが、現在では、市販されている味噌の約90%が中国、アメリカ大豆のものです。日本の食文化の代表的な味噌が、自国の原料も使わずに、伝統製法も受け継がれないというのは、少し嘆かわしいような気がします。
「手前味噌」という言葉は、自分の作った味噌が一番美味しいということからできた言葉ですが、現在では味噌の原料(大豆、糀、塩)すら、知らない方が多いようで、味噌屋としては寂しいところです。

一方では、スローフードやマクロビオティックの動きと共に、味噌が見直されてきています。各地では味噌造りもイベント化して盛んに行われ(団四郎でもやってます!)、味噌屋としては嬉しい限りです。今後も幾世紀にわたって味噌が日本人に、または世界の方々に親しまれたらいいなと思う、味噌屋の娘なのでした。

こうやって味噌の歴史をたどってみると、味噌は日本人にとても愛され大切にされてきたのだと良くわかります。味噌汁を味わうとほっとするのは、私たち日本人の遺伝子に「味噌はおいしい」と組み込まれているのかもしれませんね。

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コメント

欧米かぶれの私、パスタもパンも大好きです。
それでもやはり飲みすぎた日お疲れの日、体が喜ぶのは団四郎のお味噌汁です。
いつも美味しくいただいているよ。遺伝子は知っているのだね

投稿: りこ | 2008年12月12日 (金) 02時02分

>りこ さま
2つもコメントありがとう!
わたしもパスタやパンも大好き!なんだけど、現在の食文化の中で、お味噌の存在が弱い気がして・・・もっと美味しいパンを求めるように、おいしいお味噌を求めてほしい・・・なんて、ちょっと味噌屋のわがままよね。世間に不平を言う前に、私は美味しいお味噌を作れるようにならなくっちゃ☆

投稿: 団四郎の娘 | 2008年12月13日 (土) 20時23分

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